連載◎第16回火のある暮らし、再び。2009年11月17日更新
この連載の第一回で書いたのが、薪で沸かすお風呂のお話。
あれから月日は巡り巡って、今年も薪の炎を身近に感じる季節がやってきました。
我が家のリビングの一画にでんと構える薪ストーブ。この家を建てた時から、この場所で、氷点下20℃までに冷え込む冬場の暖として、活躍してくれています。
ノルウェーのヨツール社製。この家の先住者(父ですが)から譲り受けたものですが、すでに同じカタチのものは廃盤となって手に入らないようです。(ちなみに父はいまだにこのストーブを手放したことを内心後悔している様子!)
焚き付け用の小枝に火をつけ、初めは燃えやすい針葉樹(カラマツや杉など)の薪を。それらが勢い良く燃え始めたら、徐々に太い広葉樹(楢や栗など)をくべていき、最後には持ちのよい丸太のままの薪をゴロンといれて、じわじわ燃え続けるように...。その頃には室内も、ストーブから出る輻射熱でたいぶ暖まっています。
窓越しにのぞく炎は、薪の種類や炉内の温度によって、色や形も様々。ゆらゆらとダンスをするように揺れる炎はいつまでも見飽きることがありません。(気づくとストーブの前で長い時間ぼーっと過ごしてしまうことも。)
パチパチと木がはぜる音は、静かな季節、一人で過ごしていても、それだけで頼もしく安心感を与えてくれます。
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軽井沢をはじめ長野のあちこちの町で住宅の取材に伺うと、薪ストーブを見かけることが多くなりました。
以前は、山の中のログハウス風の家にあるものというイメージでしたが、今では、市街の住宅地の中の新築のお宅にも、ごく普通に備えられていたりします。
近ごろは、各メーカーから、近代的な住宅にもマッチするような小型でモダンなデザインの物が多く出始めているため、より取り入れやすくなっていることもあると思います。
しかしそうはいっても、薪の手配やメンテナンス、さらにはコストのことを考えると、憧れやカッコ良さだけでおいそれとは手が出せないもの。「それでもやっぱり薪ストーブ!」という方は、相当なこだわり屋さんで、特に小さなお子さんを持つ若いお父さんが多い気がします。子供時代から、身近に火がある暮らし。今の時代、特に大切なことかもしれません。
こんなこともありました。軽井沢の古い別荘にお邪魔した時のこと。
お住まいになっているのは70歳間近の奥様。ご主人亡きあとも、一人で軽井沢を訪ね、冬はリビングの暖炉とダイニングキッチンにあるキッチンストーブの2台の火を熾し、日常的に使用されているのだそう。
どちらのストーブも年季の入ったカッコいいモノでしたが、なにより驚かされたのは、今から50年も前に、暖炉を囲むマントルピースや石積みの煙突など、すべてをお二人の手で作り上げたということ!火の周りだけでなく、家そのものを作ってしまったのです。
今でこそ「セルフビルド」という言葉もちらほら聞こえてはきますが、それが半世紀も前となると、その先進的な考え方にびっくりしてしまいます。(当時の写真を拝見したら、奥様はモンペ袴姿で作業していました!)
奥様曰く「火を熾すことも、家を建てることもそう。自分たちの生活に必要なものは自分たちで作り出す。これが生きる上での基本じゃないかしら。」
「家を建てる」の部分は、さすがにダイコクさんをはじめとした優秀な専門家の方にお願いするとして、でも、生活に直結した火を自分自身の手で生み出すということについては、今の時代、もっと見直されても良い行いではないかと、その言葉を聞いて思いました。

振り返ればつい数十年前までは、家庭にはまだかまどや囲炉裏があって、火や炎は私たちの暮らしにとって身近な存在だったはず。
オール電化、ボタン一つでぴぴっとお湯が出たり部屋が暖まったりする生活はもちろん便利なものですが、あまのじゃくな私としては、原始の時代、ヒトだけが手に入れた「火を作り出す」という能力をとことん楽しんでやろう...と、揺らぐ炎を見ながらウトウトと思い描く近ごろなのであります。
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著者紹介
藤野麻子
フリーライター&週末カフェ店主。

浅間山の麓、北軽井沢に暮らしながら、週末のみ自宅にてカフェ「本とコーヒー麦小舎」をオープン。
長野を中心に取材・執筆をちょこちょこと。麦小舎発リトルプレス「Forest & me.」の企画・編集に携わる。
www.mugikoya.com























