連載◎第7回雨づきあい。2009年6月25日更新

雨の葉

 梅雨本番。連日、天気予報に並ぶ傘マークにうんざりしている方も多いのでは。
私も、東京に暮らしていた頃は雨が苦手だった。
街を歩くときは傘がぶつからないように気を遣わなければいけないし、電車に乗ればムッとするような湿気の匂い。 下ろしたての靴を履いた日に限って夕立に遭って散々な思いをしたり。

山暮らしとなってからは、その雨との付合い方も少し変わって来た。
まず、ほとんど傘を持ち歩かなくなった。
もちろん、最初からどしゃ降りの時などは差して出かけるけれど、ちょっとくらいの雨だったら雨具と長靴でがんがん歩く。
雨が降ったら、濡れるのは当たり前。不思議と濡れることを不快に感じない。 雨が降ってもおかまいなしに外を駆け回っていた子供の頃の感覚に近いかもしれない。
お気に入りの長靴を手に入れてからは、かえって雨の日が待ち遠しいくらいだ。
次に、雨に様々な音があることを知った。
ポツポツ、シトシト、ジャージャーというメジャー(?)な音の他にも、森に降る雨はいろいろな音を奏でる。
特に、降り始めを知らせる、風のような、波のような、あの音。
ここでは、雨は「ポツポツ」では始まらない。
遠く山の彼方から、「サーッ」という微かな音とともに、雨のカーテンが畑を越え、草原を撫でるように、駆け足でやってくる。
音のするほうに目を凝らしてみると、音だけでなくシャワーのように雨の境界線が迫ってくるのがはっきり見える。
あ、来るぞ、来るぞ......というゾクゾク感がたまらずに、逃げることもせず見つめてしまう。 そしてあっという間に森もろとも雨の幕にくるまれる。この瞬間がたまらなく好きだ。
夏の太陽の光や風、冬の凍りつく寒さに雪。
人の力ではどうにもならない自然のパワーと隣り合わせの毎日のなかで、雨との付き合い方も、防ぎ抗うものから、体ごと飛び込んで一体化してしまうものへと、知らず知らずに変わってきているようだ。

雨の葉

数日前、釣りをする相方(主人)に連れられて湖へと出かけた日にも、雨に降られた。
釣りキチくんにとっては当然雨など眼中にナシ。 びしょ濡れになって竿を振り続けている。
そこまでの情熱のない私は、雨宿りにちょうどよいサイズに枝葉を広げた木を見つけ、葉陰にレジャーシートを広げて、魔法瓶に入った熱々のほうじ茶をすすりながら読書。
湖面には霧がたちこめて、ゆっくりと移動していく。
コロコロコロと玉の転がるような声で鳴くカエルの合唱が、周囲の森にこだましている。
静かな湖畔は、そこだけ時間が止まってしまったような幻想的な雰囲気。
雨のピクニックも、なかなかのもの。
雨づきあいを、あと少しだけ楽しんだら、いよいよ森に短い夏がやってくる__。

雨の葉

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