連載◎第1回火のある暮らし。2008年3月16日更新
妙に身体がぞわぞわして落ち着かない。
風邪をひいた訳でも、花粉症なのでもなく、どうやらこれは、毎年、春の初めにかかる病い...。
標高1200m近い高原の村の春は遅い。日本全国から届く桜の開花の報せを傍目に、4月に入っても、まだ雪も降る。雪の融けた後には、ぬかるんだ地面に裸んぼうの雑木林が顔を出し、あたりはセピアカラーの色のない風景。この景色に緑色が塗り重ねられるのは、まだひと月ほど先のこと。
四季がある、といっても、この場所の暦はだいぶ偏っている。
11月から4月までのおよそ半年が「冬」。残りの半年に、「春」から「秋」までが一気に駆け足で巡ってくる。この村に暮らし始めた頃は、そのリズムに慣れずに戸惑った。6年目を過ぎる今でも、慣れた、とは言い切れないけれど、でもなんとなく少しずつ、長い冬に順応するための「技」を体が身に付け始めたような気がする。技とは、つまり「冬眠」のこと。冬眠といっても、もちろんクマさんのように蜂蜜を舐め舐め眠ってばかりもいられない。日常の暮らしに関わる最低限のことはこなすけれど、やっぱりどこか頭の半分くらいがもわーんと眠っている感じ。生来の怠け者ということもあるけれど、決して私ばかりではないみたい。村全体を見回してみても、みなひっそりと眠りについている。鳥も、虫も、牛や馬などの家畜も、そして人間も。木の洞や、地中や、藁の上や、それぞれの住処で、そっと身を寄せ合い、長い冬のトンネルの終わりを待っている。
その長いトンネルにも、ようやく出口が見えてきた。数日前、いつもどおり寝ぼけ気分でおもてへ出た瞬間、「あ。」と、気づいた。朝の空気に、それまでの突き刺さるような冷たさがなく、代わりに、ふわりとくすぐったいような、なまめかしいような匂いともつかない匂いが、した。それからである。身体のなかで、何かが動き出しそうにムズムズし始めたのは。それは、半分眠っていた身体の細胞が目覚め始めた証拠。きっと、クマやリスたちも、巣穴でもぞもぞ起きる支度を始めているに違いない。

このムズムズの病いに効くクスリも見つけた。春になると苦みのある山菜などが美味しく感じられるのは、それらの野菜には冬の間に鈍った新陳代謝を活発にして、体内を浄化してくれる作用があるからなのだとか。このあたりで山菜が出回るのはあともう少し先なので、それまでの代替品として(効能は少し違うと思うけれど、)深煎りの濃い目の珈琲を一杯、丁寧にじっくりドリップして味わう。カフェでも使用している「ドーナツドリッパー(*1)」を使って、豆は、お隣町・高崎にある「tonbi coffee(*2)」の春限定「菜の花のピーヒョロブレンド」を。一年を通して珈琲は毎日のように飲むけれど、春の初めの“寝覚めの一杯”は、ムズムズと逸る気持ちを落ち着かせ、冬眠ボケした身体にシャキッと元気を注いでくれる。
カップから立ちのぼる湯気越しに見える景色は、まだ冬のままのようでいて、でも、そこでは確かに、新しい季節を迎える準備が始まっている。
(*1) 白い磁器製の縦長のドリッパーを、ドーナツ型のメイプルの木枠に乗せて使う「ドーナツドリッパー」。見た目の可愛らしさだけでなく機能性にも優れたオリジナルの形は、今、全国の珈琲好きのなかで秘かに話題になっています。
http://www.dodrip.net/
(*2) 東京の老舗焙煎店で修行を積んだオーナーが、高崎に開いた自家焙煎珈琲ショップ&カフェ。世界各地から選びぬいたコーヒー豆の焙煎を通して、珈琲の美味しさ、楽しみ方を教えてくれます。ストレートの他に深煎りのブレンドも人気。
http://www.tonbi-coffee.com/
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著者紹介
藤野麻子
フリーライター&週末カフェ店主。

浅間山の麓、北軽井沢に暮らしながら、週末のみ自宅にてカフェ「本とコーヒー麦小舎」をオープン。
長野を中心に取材・執筆をちょこちょこと。麦小舎発リトルプレス「Forest & me.」の企画・編集に携わる。
www.mugikoya.com























